Jul 26, 2010

『インセプション』世界を魅了するクリストファー・ノーラン監督のブルーグレイな世界観



いま新作映画『インセプション』(Warner Brothers)が封切られたばかりで、世界がわきたっている。ツイッターのトレンド・キーワードには"Inception"についておびただしいTWが流れている。

アマゾン系の映画データベース、IMDBでは、驚異的スコア9.3を獲得している。通常、かなりよい映画といえども8.3ぐらいなものだ。(わかりやすくいうと、北野武監督作品など。)

そしてまだ年半ばにして、「来年のアカデミー賞の監督賞や作品賞の候補&受賞にならなければ、アカデミー賞のほうがおかしい」、とまでいわれるぐらいだ。

さらに、評論をみるとノーラン監督の秀逸さをキューブリックやタルコフスキーに並び称する人々も多くいる。また、この作品は、『2001年宇宙の旅』や『ブレードランナー』などのように、新たな時代を切り開くエポックメイキングものとなるだろう、ともいわれる。 このように全世界の映画ファンや批評家をとりこにしているノーラン監督の魅力はどこにあるのか。

ブルーグレイな心象風景

ノーラン監督作品のひとつの特長は、映画の全編にわたるブルーグレイなモノトーンの世界だ。 『インセプション』、『ダークナイト』、『インソムニア』、それらの作品のなかでは、監督は2つの価値観の対比を示し、その間でゆれる主人公を描く。
  • 過去と現在
  • 夢と現実
  • 愛と苦悩
  • 理想と挫折
  • 真実と嘘
  • 光と影

白黒つけられない、明るくも暗くもないブルーグレイな背景に描かれる世の中は、決して平和で安全、明るいものではなく、混とんとしたものだ。そんな環境での出演者たちの存在はリアリティを増す。とりわけ、主人公は、寂寥感、孤独感、喪失感にさいなまされている。つまり彼らの心象風景そのものもブルーグレイであり、光と影の間をさまよいながら、自分のありかたを模索して生きている。
自分ひとりではどうにもならない絶望的な環境のなかで、それでも何かの解決法や打開法を試みては傷つき、前進しては挫折するを繰り返す人間の姿が、色彩に邪魔されることなく、シャープに浮かび上がってくる。

驚くべきノーラン監督の事実

インディーズ作品 『メメント』(2000)で世間にデビューしたノーラン監督は、たぶん普通だったらメジャー監督デビューは難しい体質であることを、最近知った。IMDBの本人のトリビア(IMDB/Christopher Nolan)を読んでいたときに、Is red and green colorblind. と書いてあることに気づいたからだ。さらにリソースをさがすと、BBC Newsのインタビュー記事つけFact Fileにも書いてあるので本当だろう。
 
私はオールアバウトで目の健康ガイドを長くやってきたので、その分野について記事を書いたこともあるが、健常者からみれば、まったく別の世の中を見ていることに驚く。 (YouTubeで体験! 色覚障害の世界って?)

さて、彼の色覚異常のタイプは、視界から赤色と緑色を識別しにくい先天色覚異常である。さらに調べて、Wikiの色覚異常のなかで、1型2色覚RGBWの色彩表示をみて、ハッと思った。この体質の人の視界には、ブラック、イエロー、ブルー、グレーしかない。まさに彼の得意とする映画の色調、ブルーグレイの世界なのだ。つまり、私たちは、彼の見ている色調の世界(カラーブラインド)そのものを追体験していることになる。

これらの色覚異常は白人男性では8%という割合で表れている、比較的よくある遺伝的形質であるが、映画監督になるといえば話は別のはず。もし青年期から監督になる夢を描いていたなら、生まれ持ったその体質であることに対する深い絶望感やコンプレックスをかかえていたはずである。世の中の森羅万象を写し取る映像世界をめざしながらも、一生、華やかな色彩の世の中を見ることのできない絶望感。

しかし、彼は彼なりのやり方で映画づくりにチャレンジした。華やかな映像ではなく、ストーリーテリングでの勝負だ。今まで試みられることのなかったコンセプト、見る者をあっといわせるストーリー展開、人々の心をわしずかみする主人公の心の闇。
 
それは監督みずからが味わってきた寂寥感、孤独感、絶望感が、ブルーグレイの世界観に投影されているように思える。これは、現代に生きる人々の心にも、大なり小なり共鳴するのではないだろうか。
  
そこで、彼は彼自身の特質(ある意味世間的にはハンディ)を逆手にとり、自分のビジョンや世界観を表現してきた。あるいは、そこまで振り切れたことも尊敬に値する。
 
これまでの映画作品のほとんどは自分自身が原案を出し、映像は手持ちカメラで撮影するアナログ手法を多用し、プロデューサーは自分の妻。今なおインディーズ路線を貫き、自律性を維持しながら、製作や財務についてはメジャー配給会社を完全に支配下におき支援をえて、自分のビジョンを完全なかたちで映画化しているノーラン監督。まさに、このあり方は、これからの時代の新たな映画監督の可能性をしめしてくれる。そうした自身の存在の模索過程そのものが、作品を通じて多数の人々を魅了し、感銘させ、励ましをあたえてくれる。
 
次の公開予定はバットマン3。私を含め、新たなブルーグレイの世界観に耽溺できることを、世界中がほんとうに待ち望んでいる。

1 comment:

  1. 私も色覚異常で赤と緑が見分けにくいですが、見分けにくいだけですよ。一生鮮やかな世界が見られない絶望感というのは言い過ぎです(笑)。ほんとに8%もそんな状態なら大問題になってるはずでしょう。

    余談ですがフェイスブックのceoも色覚異常のようです。青が基調になってるのも私の感覚としても納得です。

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